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2013年8月14日 (水)

サンプルのないミュージシャン人生 2008-11-05

2008-11-05
90年代は、日本のポップスから遠ざかっていた。
だってわたしには、ほんとうに伝わらない音楽だったから。
それに、テレビつければ、子供番組の「おかあさんといっしょ」なんかを観ていたからかな。
Macを使う仕事をしていたのでiPodの第2世代を買ったあたりからかな、常に音楽を聴いている生活に戻り始めたのは。
そんなころ、シカオちゃんの音楽に出会えたんだけど、いまから思いかえすと、シカオちゃん聴く時は、窓は閉めるかイヤホンでじゃないと…って感じ。
だって、深く、重く、暗く、エグイ曲が多かったので、うっかり昼間かけちゃうと通りがかりの人に聴かれちゃう心配があった。
その時から比べるといまは、違う音をしているし、認知度も高まったなぁ…と思う。
でもこの人、”音楽的な充実”よりも”本質的なファンキー”を選んだ。
音楽と人の10月号で
「なんかファンクとかって、バカなこととかアホなことをやりきるのがひとつ重要だと思ってて。ヘンな恰好しても、その時だけじゃなくずっとしてる、何年もしてる、みたいな。(笑)またおんなじ曲だよ!っていわれても『でも俺らファンクだから!』ってやり続ける気持ちとかね。ほんとに音楽的なこととはまったく関係のない、気持ちの部分のファンキーさみたいなものがファンクをやる上では必要なのかなってのが、ちょっとあって」
と語っていた。
音楽性の質の高さに自分の目指す音楽はないんだと結論を出しちゃうなんて、普通の人には理解できない離れ業。
大切にしているものは、クオリティーの高さではなく、そこにある音楽だけ。

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