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2015年9月

2015年9月27日 (日)

浜崎貴司「GACHI」高野山開創1200年記念スペシャルライブ (2)

ライブは、金堂。

ライブ会場だったこともあり、、
中を拝見できなかったですが、
「清盛の血曼荼羅」の復刻版が
今年の7月に奉納されてるんだそうで、、
その前で、、行われました。
会場後、席に着いたあと
祭壇では、お坊様が準備していて
アコースティックギターが一台一台
運び出される。
シカオさんのギターをさがす、、ピンバッチだらけのがある、、
あれかな??
見たことない光景。ちょっとカオス。
オープニングは、出演者そろってなんだなっと
予想されました。
 
大僧正様のありがたいお経が、かなりの長い時間唱えられました。
すこし、、首が、、コクコクするころ、、たくさんのお坊様が
出てきて、、蓮の花の形の紙を、ハラハラとお撒きになりました。
一枚ゲットしましたが、、そこには、
「それ仏法遥かにあらず、心中にしてすなわち近し」
(仏様の教えは遠いところにあるものではなく
私たちの心の中にあるものなのです)
とありました。
 
この雰囲気で、、いきなりトップバッターは、、
プレッシャー大きいだろーーな。。
一体、どの順番で並ぶんだろう。。ドキドキ。
 
fm802の加藤まきこさんが、、MCを。。
雨にならなかったのは、、弘法大師様のおかげ、、っておっしゃってたけど、、
シカオさんのおかげもちょっとだけあるよね。。と思いながら、、
いよいよはじまります。。
浜崎貴司さんが出てきて、、
アーティストを呼び入れます。
真心ブラザーズ YO-KINGさん、
フジファブリック山内総一郎さん
つじあやのさん
スターダスト・レビュー根本要さん
THE YELLOW MONKEY 吉井和哉さん
スガシカオさん。。
 
 
きゃー!シカオさんのほぼ目の前の
右手だったので、、思わず、、叫んだのですが、、
吉井さんと、シカオさんが並んでるのもカオス的でした。
みんなアコースティックギターで並んだ姿が圧巻で。。
フォークジャンボリーって感じなのに、お寺なのでした。
 
最初、結界のようなバリアが張っているのを
和らげるように、、
真心ブラザーズの桜井さんが作った「GACHIのテーマ」。
「は〜まちゃん、調子は、どうだい?」
 
吉井さんが、、シカオさんに「さん、、調子はどうだい?」って行って、、
シカオさんが浜ちゃんに「ハマちゃん、、高野山は、どうですか?」って
「君に聴かせたいことがある、、」って浜ちゃんに繋がりでスタートしました。
 
 
忌野清志郎さんの歌詞で「デイ・ドリーム・ビリーバー」
トップバッターは、YO-KINGさんでしたー!
浜崎さんが、いちいち、次のアーティストを呼び入れて始まり、
途中抜けて、一曲セッションするというパターンです。
YO-KINGさんって、、こんな場所でも、、
ほんとに肩のチカラ入らない方だなって思ってたら、、
浜崎さんに、なんか、どんどん下がっていったのは?って聞かれて
こんなところで「どかーん」を歌ってる自分に、、
ウケてたそうです。
YO-KING
「へい!みんな元気かい?」
「どかーん」
「空に舞い上がれ」
「サマーヌード」浜崎さんと山内さんで。
 
山内総一郎さん。
人に好かれる人なんだなってことがよくわかるお人柄でした。
「若者のすべて」浜崎さんが歌いたかったんだなーって
思いました。
 
つじあやのさんは、ウクレレの楽器の音色みたいに
かわいかったです。
癒されまくったあとの、、
 
 
根本要さんは、、
おもしろすぎでした。。
シカオさんも、、MCで話のうまい人って言ってたのは、この人です。
MC時間で持ち時間、18分って微妙な時間をいただきまして、、
浜ちゃんに、クレーム。
目の前でディスルのやめてーって言われてました。
知らない曲は、「新曲」ですから。
1986年の新曲ですって「今夜だけきっと」
熱唱されて、、大拍手のあと、、”拍手するよりCD買って”って
言われてました。
浜崎さんが選曲した「いのちのこたえ」
これ、ご自身は、忘れてたそうですがすばらしい曲でした。
 
吉井和哉さん、、
佇まいが、、気の毒な感じがするくらい、、
ミスマッチでしたが、、ご自覚されていたようで
浜崎さんに
「拷問だー」って言ってました。
「TALI」
「CALL ME」
「JAM」
「球根」浜崎さんと。
こんな場所で歌える人間ではない、、と断りながら
時系列に、熱唱。
「球根」このシチューエーションでアコギで浜崎さんと
聴けたことは、ラッキーでした。
歌い終わったと同時に、時を知らせる鐘の音が。。
 
ゴーン。。
お二人、ウケておられましたが、、
そこへ、、スガシカオさん登場!!!!
 
この鐘の音は、、もうすこし、後で鳴るらしく
アーティスト交代に合わせて早めに鳴らしてくれてるんじゃないか?
そうスガシカオさんが、前でみておられるお坊様たちに
聞いたところ、、そうだったみたいです。  
シカオさん
「空いた時間に、”奥の院”にお参りしてきました。
ちょっと汗かくくらい登って。。
でも行って良かったです。
(うろ覚え)すばらしい場所で歌わせていただき
ありがとうございます。 。。(お坊様に、、手をあわせてお辞儀)
まだの人は、ぜひ行ってみてください。
4時半までです。。」
浜崎さんが、、なにかツッコミいれてましたが、、
忘れてしまいました。。
シカオさんひとりになり、、
 
お話のうまい人とか、やたら声がでかい人には、、
太刀打ちできないので、、
歌を歌うことに専念します、、というMCではじまりました。
鳴り止まない鐘の音を、、すかさず、
ギターで再現、、ジャーーン。。
F#なんだよね、
これでずっとやれば、鐘も気にならないとか、いいながら、
「黄金の月」が始まりました。
途中、何回かゴーンと鳴り響いてるのに
アコースティックギターの音色と鐘の音は、反発しあうこともなく
溶け込んで聞こえたのは、不思議でした。 
最後、弦をはじいて終わるところが、、マイケル・ヘッジスみたいで
カッコよかった。  
 
「Progress」後ろの屏風のライティングで
屏風に描かれてた仏画が浮かび上がり
臙脂色のシャツとすごく合っていて
ギタープレイもキマっててカッコよかった。
アコースティックギターとシカオさんの声だけで聞く「Progress」は、
やはり特別です。
いつも曲の間に、感情が高まってはいる掛け声は、
この曲がシカオさん自身の応援歌になっているような、、そんな気がします。
とっても素敵でした。
浜ちゃんが出てきて、、
この「Progress」をとっても褒めていた。。
シカオさんは、、テレながら「気持ちが入ってない言い方だな。。。」
「いや、、ホントに」と浜ちゃん。
 
独立の経緯の説明。
フリーライブなので、丁寧に説明。
シカオさん「浜ちゃんには、、いろんな人を紹介してもらってて
とても感謝してるんだ。。」
 
観客、拍手パチパチ、
スガマニア達、浜ちゃん、ありがとー♪
 
浜ちゃん、、テレながら
「シャブちゅーみたいなカオしてるんだけどね。。。」
たしかに、、すこし目が腫れぼったい。。><
 
シカオさん「せっかく、いいこと言ってるのに」
ちょっと、ムっとしながら、、
「夜空ノムコウ」
浜崎さんがストロークでジャカジャカ弾いて
FNS歌謡祭で弾かれてたような
シカオさんのソロも、、しびれました。
 
シカオさん、、もう一曲、おかわりしたかったです。
 
ラスト、、浜崎さんは、「ドナマツ」
「幸せであるように」
改めて、浜崎さんのバランス感覚。。
すばらしいなとおもう、人選、選曲、フェスでした。
高野山開創1200年記念に、、
ほんとにふさわしいフェスでした。
 
全員出てきての、、「勝手にしやがれ」
これ楽しかったです。
「GACHIのテーマ」。
 
浜崎さんは、、先月、お兄さんを亡くされたことで
つくられた曲、「buatiful」で締めでした。
最初、お経を読んでらした大僧正様と
カーテンコールで終了でした。
 
うろ覚えの箇所多々ありですが、、
最後までお読みいただきありがとーございます。。
 
 
 
 
 
 
 

浜崎貴司「GACHI」高野山開創1200年記念スペシャルライブ (1)

前の日から入らないと

朝早く高野山へ向かうことができないので
前日より大阪へ。
夕食は、大阪・江坂の居酒屋さんにて、
スガマニアのJさん、
今回のライブに行けないにも拘らず
大阪の夜をお付合いいただいてありがとーございました。
朝早く起きなくちゃならないところに、、
”明日、ライブなのにねれない”
シカオさんのツイッター通知で、、目が冴えちゃって
寝不足のまま。。
 
高野山へ。
この地で、浜崎さんのGACHIライブで
スガシカオさんが出演される。
これは、どうしても行きたかった。
行かなければくらいの勢いでしたが、、
まったく地理関係がわからず。。
高野山の詳しいスガマニアさんにご相談したら
連れて行っていただくことになり、、
この日まで、、なにも考えずにお任せだったのですが、、
とてつもなく、すてきな1日になりました。
 
8時に、待ち合わせ場所(王子)で車2台にわかれてドライブ。
高野山に着いたのは、10時40分くらい。
所要時間2時間40分ほど、、いや、、遠かったでした。
運転手をかっていただいたHさん、Nさん、ありがとーございました。
でも、感覚的には、あっという間。
スガシカオさんのライブまで、
または、ライブ中の時間は、”シカオタイム”(勝手に命名)というくらい
時間の速度が通常感じる速さより、早いのです。
 
お食事を済ませてから
奥の院へ。
 
ライブの様子を知りたい人は、スルーしてくださいませ。
 
スガシカオさんのライブを
神社仏閣で聞くことは、
池上本門寺で一度ありましたけど。
 ここは、スケールといい1200年という時の重みが
奥の院をお参りすることでずっしりとかかってきました。
その様子をすこしでも、お伝えできればと思い書かせていただきます。
 
表参道入り口、一の橋から弘法大師御廟までの約2キロ。
Img_5764
参道両側に、縄文杉並みの老杉の大木と、
苔むした数十万基の1200年にわたる供養塔がたってます。
企業もたくさんあって、、東北の震災の供養塔もありました。
案内していただいたHさんのおかげで名だたる名将のお墓も
教えてもらいました。
信長、秀吉、春日局、伊達政宗、石田三成、法然上人だとか、、
法然上人がいるのは、、宗教に区別がないと唱えた空海の教えだとか。。
Img_5762
 
そして、中の橋。下には、小川が。。
ここは、金の河と呼ばれ、、金は、死の隠語だそうで、、
死の河、つまり三途の川を表しているのだそうで
この橋を渡ると、死の世界に入るという意味になるようです。
 
水向け地蔵、
清流を背にして地蔵菩薩、不動明王、観音菩薩
が13体並んでいて、、
Img_5778
一体、美形の菩薩様が、、大好きなアーティストに似てたので
おもわず。。パチリ。
お水を手向けてご先祖の冥福を祈ります。
亡き実父や、義理の父母のことが祈れてよかったです。
Img_5756
そして御廟橋。
この橋を渡ると霊域、聖域に入るので
写真撮影は、ダメですと、教えられました。
 
 
弘法大師御廟。
弘法大師(空海)は、835年。
「瞑想をして生きたまま仏になる」(入定)というのだそうで
ここに、いまでもおられるということなんですね。。
知ってたようでしらないことばかりでした。
Hさんから、毎日2度、いまでも、生身供という、弘法大師さんへ
お供えするものの毒味をしてる場所(御供所)を
教えてもらったのですが、、ほんとにすごいことです。
 
灯籠堂。
ここが圧巻でした。
一千年近く燃え続けていると言われる「消えずの火」が
2つあるのだそうですが、、どれがどれやらわからず
上にも壁両側にも、灯籠が。。
人の祈りのいうものは、、こんなにもあるのものなのか、、
数と年月と、人の思いの深さに、圧倒されました。
 
壇上伽藍のあるライブ会場へ。
 
 
 
 

2015年9月25日 (金)

羽海野先生!!おねがいしますー!

こういうことって、、あるんですね!

2000RT越えです!!!
やっぱり、、3月のライオンには、、シカオさんの曲でなくっちゃっ。
 
みんなの願いが届きますように!
スガシカオさんに”3月のライオン”のアニメ主題歌を!

2015年9月23日 (水)

台北の旅 3泊4日 (九份、龍山寺、淡水、七星山、故宮)

シルバーウィークの前に

台北に行って参りました。
海外ということもあり、初のカテゴリーです。
 
海外旅行は、3度目。
漠然と故宮博物院に行きたいなという思いと 、、
海外の山登りもしたいという家族の希望の一致で
急遽決まった場所でしたが。。
思いの外、、刺激を受けて参りました。。
 
今後の参考に、、ご興味ありましたらかなり長いですが
おつきあいくださいませ。
 
1日目
 
AM11時に羽田から出発して
台北国際(松山)空港に、PM14時着。
気温は、、台風一過で
爽やかなのにちょっとアツいそんな感じがずっと続きます。
 
ホテルは、台北、 優美飯店
ビジネスホテル的、佇まいでありながら
WIFI、自転車、日焼け止めがフリーで借りられたり
なかなか行き届いたホテル。
ここに、チェックイン。
 
地下鉄台北(MRT)で、九份まで。
ガイドブックでは、ここくらいしか、調べてなかったにもかかわらず
いきなり山深いのにかかわらず
一軒、一軒、エキゾチックな謎めいたものを売っていて
お店がつづいて、不安になる。
平日にもかかわらず、人も多い。
行列してるお店で売ってる食べ物が、、
なんなのか、わからない。
Img_5230
ここは、”千と千尋の神隠し”湯婆婆の家のモデルのお店があるはず。。
人だかりで、、そんなに台湾でも有名なの?
調べたら。。
台湾映画のロケ地の方が、先に有名だったそうです。
Img_5276
Img_5260
なかに入ると、茶藝という伝統的なジャスミンティのお茶の淹れ方を
日本語でレクチャーしてくれました。
お茶を、より美味しく呑もうとする過程で
器を温めたり、香りをたのしんだりは、日本の茶道と共通でした。
ここで夕食後、バスがなくなり、、ホテルまで1000元
言われるがままタクシーで帰ったのですが、
安かったのか、、高かったのか。。
わかりません。
 
2日目
 
ホテルで自転車を借りて龍山寺。
ココが、もっとも気に入ってしまい、最後の日にも
もう一度、訪れました。
Img_5594
お寺の外でお供え物のお花を買って(これは、任意)
フリーの三本入りのお線香をいただいてから
三箇所、前殿、本殿、後殿をお参りするのですが
ずっと歌のように唱えるお経の響きが
日本とは、違ってリズミカルでした。
Img_5600
祀られてるのは、さまざまな神様で
なかでも、月下老人という縁結びの神様には、
おみくじを引いて、半月型の木札でが表と裏になったとき
願いが叶うという作法が、大変、興味深かったです。
男性が、、幾度も赤い札を投げては、拾っていたのが
印象的でした。
一度、ホテルにもどるのですが
その途中、、旧日本軍の建物がそのまま残っているところがありました。
そのあと、ハイキングに出かけたのは、 
見晴らしのいい”軍艦岩”といういかにも、、日本が統治してた頃の名前なのですが、、
この国は、いまの日本より、おそらく中国から伝えられたままの
漢字をそのまま使っていまに至っているようです。
Img_5389
中国の漢詩を書道で書くときにしか、使わない文字も何個か看板で見ました。
日本は、カタカナを、韓国は、ハングルをと変化してるのに、
中国でさえも、文字の変化はあるのに、とても不思議な気持ちになりました。
 Img_5396
夕焼けの美しい場所。淡水、漁人埠頭。
ここは、フェリーで渡ります。
日の入りの時間、間に合ったのは、ラッキーでした。
自撮り棒でたくさんの人が撮ってました〜。
Img_5462
 
時差が1時間程なのですが。。
インスタに、シカオさんのあげられた写真が
せつない感じだったのは、この夕陽のせいだったのかもなんて
思いました。
 
夕食は、士林夜市。
Img_5500
嗅覚、視覚、味覚、刺激的でした〜。
お店の人も、コレ、おいしーよ。
メニューも、勝手に決めてくれる。
空港降りたときから、鼻にまとわりついていた匂いは、臭豆腐の匂いだったんだなっとわかるのですがこの日を境に、気にならなくなりました。
Img_5494
3日目
七星山のハイキンング。
火山性の山で、硫黄の匂いも漂い、白い煙もそこかしこに
昇ってる山でしたが、、
山頂付近で、追い抜かしたのは、、地元の幼稚園生。
しかも、保母さんは、日本語と、台湾語を使い分けてる。。
「しょうくん、まだ、お水飲んじゃだめよ」
こんなとこで、日本語とは。
頂上では、幼稚園生で、ベンチがいっぱいになってしまうので
早々に下山したのだけど、おもしろかった。
 Img_5542
そして、もうひとつ。
下山途中の休憩場所でやすんでいると
聞き覚えのある音楽が、、
よくラジオつけながら登山される方がいるのだけど、、
その音楽は、、”ダミアン・ライス”の 「I DON'T WANT TO CHANGE YOU」!!!
思わず、”ダミアン・ライス!!”と叫んでしまったのだけど
その男性もニコリうなづいてくれた。
お湯を沸かす用意をしてから、、お茶でも飲みませんか?(中国語)と
誘ってくれたのでした。。
音楽は、共通言語。。(ウケウリ)
あ。。お断りしないで、、お話すればよかった。
この旅の唯一の後悔です。
このあと念願の故宮博物院。
Img_5563
4日目は、中正(蒋介石)記念堂の衛兵交代→台北101
衛兵の交代も、見事でしたが、
Img_5636
前日の日本の出来事もあって、平和でこの地でいられることに
感謝したのでした。
Img_5654
台北の街の印象は、、
新しくきれいな場所もたくさんあるのですが、、
煩雑で汚ない場所もそのまま残っていて
時代にあった、さまざまなものを
受け継いで、受け入れていました。
それがこの国の人々のたくましさと柔軟さの源に
なってるそんな風に感じました。
Img_5652
 
長々とお読みくださりありがとうございます。
どなたかのご参考になれば幸いです。
 
台北の旅 3泊4日 (九份、龍山寺、淡水、七星山、故宮)
2015年9月16日〜19日
1日目
九份
2日目
龍山寺→陽明大学レストラン→軍艦岩ハイキング→淡水・漁人埠頭(Sunset)→士林夜市
3日目
七星山・陽明山ハイキング→故宮博物院→台北・火鍋
4日目
中正記念堂→台北101

2015年9月22日 (火)

雑感です。

昨日の、、諦めた日が、夢のゴールだと思う?
 
というスガシカオさんのツイートが、、
突き刺さってとれない。
 
 
ほんとに、、諦めないで、、
前に進み続けられる人ってうらやましい。。
 
 
ごまかしたり、言い訳して
毎日を過ごしてしまう人間には、、
ほんとに、、突き刺さってとれない、、言葉だった。
かなり個人的に、みじかなことで
最近、ちょっとショックなできごとがあって
争いごとってこんなことから始まるのかもって
おもったことがあった。
予想もしない受け入れられない理不尽なこと。
それを前にして、受け入れようとしても
できないとき、、
こんなことから争いがおきてしまうのだなと、、。
多くの場合、争わずに、心の中で妥協点を見出して
納得するしかないのだけれど、
こういうことを、、諦める、、というべきなのか、
挫折というものなのか、
受け入れるには、小さな絶望感が生まれる。
 
ことを荒立たないで前に進むには、この絶望感を
どうにかしなくてはならなくて。。
 
これの処方箋は、わたしには、音楽でしかなくて。
その音楽、音楽を生み出すアーティストの存在に、感謝するのだけど。。
 
スガシカオさんは、、
この絶望的な気持ちの目線から
音楽を、もう初期の頃から作られていて
何度か、救われたことがあった。
 
イタイとこ、わざと書いてあって
救うっていうちょっと荒治療なのだけど。
 
 
でも、今回のつぶやきは、、
そのいままでのスタンスさえも、、
疑う、、
そういうつぶやきだったように
思えました。
 
どこまで、、ご自分を追い詰めるのでしょう。。
 

2015年9月15日 (火)

最後のアレンジは、歌詞、、だと思ってる スガシカオさんの歌詞についての記事、文字起こししました。

1ヶ月前のカッコいいニコ生ライブもサイコーだったけど

グダグダトークの今回の回も光回線に、ようやくなったせいか、
シカオさんの声もギターの音も鮮明に聞こえて
大野くんの出番がなくなったかわりに
チビT社長さんのお腹もあいかわらずな感じで
とっても楽しかった。 
 
でも、これもつかの間。
暑い夏が過ぎさって、秋が深まるのに
スガシカオさんのライブ予定がない!!!!
 
この事実に元気がなくなるのです。
 
TLでは、シカオロス症候群または、
スガシカオライブ欠乏症の発症患者が
かなりの数、現れてました。 
 
今回のニコ生は、すこし解消される朗報が!!!
来月、19日は、なんかあるみたいです!!!
そして、焼きそば”ペヤング”激辛を持ち寄って
みんなで食べる。。ということもやるようです。
たのしみです!!!!
 
新しいアルバムの曲作りで
歌詞作成の工程みたい。。
随分前の記事なのですが。。。
シカオさんにとっての歌詞とは、、
どんなものなのか、語ってるところ
今回は、ご紹介です。
2001年8月「8月のセレナーデ」発売直後。
このとき「音楽の人」の表紙を飾っていて、ちょっと演じてるんです。
写真が。。演技をしてるシカオさん。
 
時間が経っている記事ですので
その辺をご了承の上、お読みください。 

 2001年のシカオさん。

ケイさん(@kei4201)が投稿した写真 -

2015  9月 14 12:44午後 PDT

続きを読む "最後のアレンジは、歌詞、、だと思ってる スガシカオさんの歌詞についての記事、文字起こししました。" »

2015年9月 4日 (金)

きょう(昨日)は、「Clover」の発売日でした。

デビューの年、97年の9月3日に

スガシカオさんの
名盤「Clover」は、世に出たのでした。
 
リアルタイムでは、申し訳ないのですが
まったく知らなかったのですが。
18年前の今日でした。(もしかしたら昨日になってるかもです。)
 
いまのシカオさんのオフィシャルサイトのバイオグラフィにはない、
そんな時間を  
すこし振り返ってみます。
先日、届けられた
ブロマガ(ニコ生から配信されてるの)では、
デモテープをいろんな音楽事務所に送ったことが、、語られていたけど。 
これも、、音楽の神様が
いたに違いないと思う奇跡的な幸運で
そのデモテープは、見出されたのでした。
 
 (オーディション企画がなくなったため、処分されるデモテープだったけど
処分するには、忍びなく、7ヶ月くらいかけて前事務所の社長さんが
一本一本聞いて残りの2本のうちの一本でした。
奇しきも再デビュー日、アストライド発売日(5月21日)は、
偶然にも、、このテープが見出された日と
同じ日付でした )
前事務所と契約を交わしたのは、96年5月。
 
10月に、キティエンタープライズと契約。
 
97年2月26日マキシシングル「ヒットチャートをかけぬけろ」で
メジャーデビュー。
 
97年5月28日セカンドマキシシングル「黄金の月」をリリース。
 
97年7月30日サードシングル「ドキドキしちゃう」リリース。
 
そして、9月3日 1stアルバム「Clover」リリース。
オリコンアルバムチャート初登場 トップテンにランクイン。
 
このころの雑誌とか、まったく持ってなくて
一番古いので2000年11月BREaTH で
2000年10月25日リリースの「4Flusher」の
レコーディング中のシカオさんの記事が
手元のあるのがもっとも古いのですが。。
 
97年9月に「Clover」出してから
2000年までに、「FAMILY」(98.6)も「Sweet」(99.9)も出してたんだと
今更ながら、振り返ると
もっともっと時間だとか、
タイミングだとかあったんじゃないかなぁ。。って
思ったりもします。
あの時代は、こんな感じだったのかな。。
 
2000年11月BREaTHの中で
「SPIRIT」は、ダウナーな自分に喝を入れる意味をこめて、
作ったといって、
怒涛のスケジュールをこなしていた、、って書いてあった。
 
そして、のちに2005年11月に、
村上春樹さんの著書、「意味がなければスイングはない」
〜スガシカオの柔らかなカオス〜という章において
 
”最初に聴いたスガシカオのアルバムは、
97年に発売されたCD『Clover』である。
(中略)
「なんかヘンテコな名前の歌手だな」と思いつつ
とりたてて期待もせずに、そのCDをかけてみた。
何かべつのことをしながら片手間にきいていたのだが、
聞こえてくる音楽の新鮮さに、はっとさせられることになった。
スピーカーの前に座り、居住まいを正して、
もう一度始めから聞きなおしてみた。
そして「うーん、これ、悪くないじゃん」とあらためて思った。
アルバムの中では、とくに「月のナイフ」と「黄金の月」という曲が
個人的に気に入った。それ以外のトラックも、みんな悪くなかった。
(中略)でも「月とナイフ」と「黄金の月」の二曲が、僕としては
とりわけ印象に残った。このCDは、けっこう何度も聞き返したし、その結果スガシカオという不思議な名前は、僕の頭にしっかりとインプットされることになった。 ”
 
 
できることなら、、
スガシカオさんの新アルバムの楽曲の
村上春樹氏によるライナーノーツ、拝読したい。
 

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